「また辞めた」と言うとき、頭の中にあるのはだいたい「手間」だ。
採用のコスト。面接の時間。研修の時間。常連への説明。その子についていたお客さんへの対応。次の採用媒体への出稿。——それをぼんやり「面倒くさい」と感じている。金額では見ていない。
でもこれ、積み上げると相当な数字になる。
離職一件にかかっているお金
大雑把に計算してみる。
採用媒体への出稿費は、キャバクラ系だと1回あたり3万〜10万円かかることが多い。面接は黒服か店長が対応するとして、1件あたり1〜2時間。採用に至らない応募者も含めると、採用1人に5〜10時間かかることはざらにある。時給換算すれば1〜2万円分。
研修期間は最低1週間から1ヶ月。その間、先輩キャストや黒服がマンツーマンで時間を使う。トークスクリプト、指名の取り方、ドリンクの入れ方、お客さんとの距離感。全部教え直し。
トップキャストが辞めた場合は、そのお客さんが離れるリスクがある。月に10万円使っていたお客さんが3人いたとして、1人でも別の店に移れば月10万円の売上消失。半年で60万円。
合計で、一人の離職に50〜100万円相当のコストが乗っているケースはそう珍しくない。
「そんなに?」と思うかもしれない。でも「面倒だな」とぼんやり感じていた感覚を、一度数字に直してみると、景色が変わることがある。
なぜ離職コストが見えにくいのか
一番の理由は「一括で請求が来ない」からだ。
離職が起きると、コストが時間軸に沿って細切れに発生する。今日は出稿費。来週は面接の時間。その翌週は研修の手間。1ヶ月後に「あのお客さん最近来ないな」。3ヶ月後に「やっぱりあの子辞めてから来ていない」。
どれも単体では「まあこのくらい」と感じる。だから離職コストの全体像が頭に入らない。
もう一つは「機会損失」が数えにくいこと。
来なくなったお客さんの売上は、そもそも計上されていない。比較する基準がないから、「減った」とは認識されにくい。気がついたら売上の水位が少し下がっていた、というかたちで現れる。
離職を「仕方ない」で片付けている店の傾向
「夜職は入れ替わりが激しいから」——これは本当のことだ。業界全体として離職率は高い。それは否定しない。
でも「激しいのが普通」という認識が、問題の根を見えにくくしている。
離職理由を丁寧にヒアリングしている店は少ない。「辞めたいです」→「わかった、ありがとうね」で終わる。なぜ辞めるのか、何が嫌だったのか、どうすれば続けられたのか、を聞かない。だから同じ理由で次の子も辞める。そのまた次も辞める。
キャストが本当に辞める理由で書いたが、「稼げない」と「人間関係」が2トップで、制度的な問題(シフトの自由度、給与計算の透明性、指名の取り方)が続く。これらの多くは、店側の仕組みで改善できる。
「辞めにくい構造」は「辞めさせない構造」ではない
引き止めようとして失敗するケースのほとんどは、「辞めたくなった後」に対応しているからだ。
給与を上げると言う。指名バックの率を上げると言う。シフトを融通すると言う。でも、辞意を固めた後に条件を上げても、その子が感じた「この店への不信感」は消えない。「もっと早く言ってくれたら」と思われて終わる。
大事なのは「辞めたいと思い始める前」に、辞めたくなる原因を潰しておくことだ。
定期的な1on1。フィードバックの機会。スキルアップの道筋を見せること。「この店でキャストを続けると自分にどんないいことがあるか」が見えていれば、よほどのことがない限り急には辞めない。
コストを意識すると何が変わるか
「離職コストを計算する」という行為自体に意味がある。
数字で見ると、「採用より定着の方がROIが高い」というのは数式として正しい。一人を3ヶ月定着させるために使う投資が、採用コストより安ければ、そっちにお金を使った方がいい。
面談を月1回設けることのコストは、1時間の人件費。採用コストは数万円。どちらが安いかは明白だ。
キャストのことを「消耗品」として扱っている店は、意識してそうしているわけじゃない。ただ、コストを正確に見ていないから、「来たら使って、辞めたら次を採る」という行動が最適解に見えてしまっているだけだ。
数字を出すと、景色が変わる。それだけのことかもしれない。
「また辞めた」と思ったとき、今度は金額で考えてみてほしい。
100万円の損失と考えると、次の手は変わるはずだ。
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