CDを何十枚も買う。握手券だけ抜いて、CDは捨てる。
AKB48の全盛期に話題になった光景だ。2014年の総選挙では投票総数227万票。投票券付きCDの売上は推定37億円。ファンは「推し」の順位を上げるために、同じCDを何枚も何枚も買った。
この行動、よく考えると見覚えがないだろうか。
指名を入れる。ドリンクを出す。バースデーイベントで花を出す。シャンパンを入れる。——キャバクラの客がやっていることと、CDを積んでいたアイドルファンがやっていたこと。構造が、ほぼ同じだ。
どちらも「特定の人に、お金を使うことで気持ちを表現する」行為。そしてどちらも、使えば使うほど関係が深まった気になる。
推し活市場は今、約3.9兆円。推し活人口は約1,400万人。年間の平均支出額は約25万円。35〜39歳男性に限ると年間44万円を超える。この数字、キャバクラの客単価と重なる層がある。そして推し活の「会いに行ける」構造は、女性客がキャバクラに来る動機にもなり始めている。
推し活の波がキャバクラに流れ込んでいる。これは追い風に見える。でも、アイドル業界がこの構造でどう壊れたかを見てからでも遅くない。
「楽しいから使う」と「応援したいから使う」は、エンジンが違う
従来のキャバクラ消費は「楽しいから使う」だった。
金曜の夜、仕事終わりに行く。好きな子と話す。ドリンクを飲む。シャンパンを入れることもある。太客なら一晩で何十万も使う。金額に天井があるわけじゃない。
ただ、消費の主戦場は「その夜」にある。楽しかった。満足した。帰る。来週また来る。もちろんLINEでキャストとやり取りすることはあるけど、お金を使う瞬間は基本的に店の中だ。
推し活の消費は違う。「応援したいから使う」だ。
推しのために使うお金は、対価じゃない。投資でもない。「応援」だ。推しの順位を上げたい。イベントを成功させたい。「ありがとう」と言ってほしい。ここまでは、キャバクラの太客と似ている。
違うのは、店を出た後も続くこと。SNSで推しの投稿を追う。他のファンの動きが目に入る。イベントの告知が来る。消費が店の中で閉じずに、日常に染み出してくる。
推しのためにお金を使うと、オキシトシンとドーパミンが分泌される。恋愛と極めて近い脳の反応だ。しかもこの反応が、SNSを開くたびに起きる。店にいなくても、スマホの中に「推しとの接点」がある。
「店で使って、帰ったらリセット」と「店でもSNSでも、ずっと推しのことを考えている」。使う金額は同じでも、消費が生活のどこまで広がるかが違う。
アイドル業界で実際に起きたこと
AKBグループの握手会商法は、まさに「応援消費」を最大化する仕組みだった。
握手券付きCDを買えば、推しに会える。たくさん買えば、それだけ長く話せる。総選挙に投票できる。推しの順位が上がる。——消費に天井がない設計を、意図的に作っていた。
この仕組みが生んだものは、良い面も悪い面もある。
良い面。握手会があったから、知名度がなくてもファンと直接つながれた。従来は「テレビに出られるかどうか」が全てだった。それが「会いに行ける」ことに価値が生まれた。実力や華がなくても、コミュニケーション力で人気を掴んだメンバーがたくさんいる。食えないアイドルが食えるようになった。
一方で、構造的な歪みも出た。
ファン側は、1人で何百枚ものCDを買った。中古ショップに溢れ、捨てられた。「推し疲れ」という言葉が生まれた。浪費で自己破産に至るケースも報告されている。
メンバー側も消耗した。1回の握手会で数千人と握手する。NMB48の山本彩は9時間対応したと語っている。乃木坂46の中元日芽香は選抜入り後に適応障害と診断された。元アンジュルムの和田彩花は7年間うつと共に過ごしたと語っている。
全てが壊れたわけじゃない。でも「天井がない消費」が負荷をかけ続けたのは事実だ。良い仕組みの中に、歪みが混ざっていた。
推し活化したキャストに何が起きるか
キャバクラに話を戻す。
推し活の文法が流れ込むと、キャストの行動が変わる。良くも悪くも。
まず、良い方の変化。従来のキャバクラで売れるには「会話がうまい」「飲める」「容姿がいい」が王道だった。でも推し活の文法が入ると、「頑張っている姿を見せる」「成長過程を共有する」ことに価値が生まれる。完成されたキャストじゃなくても、応援したくなる子が指名される。従来の序列では埋もれていた子に居場所ができる。
SNSが得意な子にも追い風だ。テーブルでの会話だけが勝負の場だった時代から、InstagramやTikTokで世界観を発信できる時代になった。店にいない時間もお客さんとの接点を持てる。使い方次第で大きな武器になる。
ただ、構造が変わることで負荷のかかり方も変わる。
従来のキャバクラでも、キャストの仕事は店の中だけじゃない。LINE営業がある。休みの日も常連にメッセージを送る。来店を促す。これはこれで負荷がかかるし、境界が曖昧な問題は前からあった。
推し活化すると、この「店の外の負荷」の質が変わる。LINE営業は基本的に1対1だ。返信する相手が決まっている。でも推し活の文法が入ると、不特定多数に向けたパフォーマンスが加わる。SNSの更新、ストーリーの投稿、コメントへの返信、イベントの企画。「この人に連絡する」から「みんなに見せ続ける」に変わる。
キャラを演じる方が推される。弱音は吐けない。人気が出ると辞めづらくもなる。応援してくれている人がいるのに投げ出せない。アイドルが語る疲弊の構造と、よく似ている。
もう一つ大きいのは、サボれるかどうか。LINE営業は最悪サボっても「最近返信遅いな」で済む。1対1だから、相手にしか見えない。でも推し活は違う。SNSの更新が止まったら、フォロワー全員が見ている。「どうしたの?」「何かあった?」が公開の場で飛んでくる。サボるコストが桁違いに高い。
LINE営業で疲れるキャストは「あの人に返信しなきゃ」。推し活で疲れるキャストは「みんなが見ている中で止まれない」。逃げ場の有無が違う。
「対話」が「供給と消費」に変わるとき
もう一つ、構造的に大きな変化がある。
従来のキャバクラは、客とキャストの間に「双方向性」があった。会話がある。冗談を言い合う。たまには真剣な話もする。対等ではないけど、「対話」はあった。
推し活の関係には、基本的に双方向性がない。心理学で「パラソーシャル関係」と呼ばれる構造だ。ファンは推しに親密さを感じている。でも推しの側は、何千人ものファンの一人としか認識できない。一方通行の関係。
キャバクラの推し活化が進むと、この一方通行が忍び込んでくる。
客は「推し」として応援している。キャストは「指名客の一人」として対応している。関係の深さにギャップがある。大きくなると、「裏切られた」と感じる瞬間が来る。
「これだけ使ったのに」という感情は、従来の指名客にもある。推し活特有の問題じゃない。ただ、推し活化すると厄介なのは、このギャップがSNS上で可視化されること。推しのキャストが他の客と楽しそうにしている写真が流れてくる。自分より後から来た客がイベントで目立っている。1対1のLINEなら見えなかったものが、全部見える。
「対話」が「供給と消費」に変わった関係は、客にとってもキャストにとっても長続きしない。
乗るなら、何を設計しておくか
推し活化を全否定するつもりはない。
3.9兆円の市場が動いている。15〜19歳の7割以上に「推し」がいる時代だ。この流れは止まらないし、止める必要もないかもしれない。
ただ、「乗り方」は考えた方がいい。
「応援消費」に天井を作れるか。 上限を設けるのは、売上を自ら抑えることだから簡単じゃない。でも、推し疲れで来なくなるよりは、月2回コンスタントに来てくれる方がいい。目の前の売上を最大化することが正解とは限らない。消費の仕方も選んだ方がいい。
キャストが「キャラ」を降ろせる時間があるか。 推される側にとって一番きついのは、24時間「推される自分」でいること。テーブルでは接客、SNSでは発信、DMでは返信。オフの設計がないと、人気のある子から消耗する。
「指名関係」を「推し関係」に置き換えないこと。 バースデーイベントやSNS発信は推し活的で全然いい。でもテーブルでの関係まで一方通行にしたら、キャバクラがキャバクラである意味がなくなる。客と話す。キャストも話す。あの双方向性が、この業態が70年以上続いている理由だと思う。
推し活は消費の形を変えた。良いことでも悪いことでもない。キャバクラには「同じテーブルで話す」という、推し活にはない強みがある。その強みを残したまま、推し活の良いところを取り入れられるか。答えは店ごとに違う。
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