「いつか自分の店を持ちたい」
この業界で働いている人なら、一度は考えたことがあると思う。黒服として何年も修行して、お金を貯めて、独立する。昔からある王道のキャリアパスだ。
でも最近、この道が以前よりずっと険しくなっている。そして、その理由は「開業資金が足りない」ではない。もっと構造的な、お金だけでは解決しない壁がある。
飲食業界で起きていること
まず、隣の業界を見てみる。
飲食業界では「個人店の消滅」が静かに進んでいる。総務省の経済センサスによれば、飲食店の事業所数はこの20年で約3割減った。消えているのは圧倒的に個人経営の店だ。チェーン店は増えている。
なぜか。個人店が「うまい飯を作る能力」だけでは勝てなくなったからだ。
集客はSNSとGoogleマップが主戦場になり、マーケティングの知識がいる。人手不足で時給は上がり続け、人件費の管理が経営を左右する。食材の仕入れはスケールメリットが効くから、大手チェーンが圧倒的に有利。物件オーナーも、個人より法人に貸したがる。
料理の腕だけで勝負できた時代は終わった。経営者としての総合力がないと、開業しても3年持たない。
キャバクラでも、同じことが起き始めている。
三重苦——物件・人材・集客
物件が見つからない
キャバクラを開ける物件は限られている。風営法の営業許可が取れる立地条件がある。用途地域の制限、学校や病院からの距離制限。繁華街の「使える物件」は年々減っている。
さらに、居抜き物件の争奪戦が激しい。良い物件はグループ経営の法人が先に押さえる。個人が不動産屋を回って見つかる時代ではなくなってきた。
キャバクラ開業にかかる費用のリアルな内訳で書いたが、物件取得だけで数百万〜1千万を超えることもある。しかも、その物件が「当たり」かどうかは開けてみないと分からない。
キャストが集まらない
10年前と今では、キャストの採用環境が全く違う。
キャストが集まる店・集まらない店で書いた通り、今のキャストは店を選ぶ。時給、待遇、雰囲気、スタッフの質、SNSでの見え方。全てを比較して、一番良い条件の店に行く。
個人の新規オープン店に、実績のあるキャストが来るか。正直、厳しい。知名度がないから。実績がないから。「この店で働いて大丈夫か」という不安を超えるだけの魅力を、オープン前に示せるか。
結局、最初は知り合いのキャストに声をかけるしかない。でも知り合いだけで回る店には限界がある。
集客チャネルがない
昔はキャッチで客を引けた。繁華街を歩いて、声をかけて、店に連れてくる。個人店でもこれで初期の集客はなんとかなった。
今はキャッチの規制が厳しくなり、この手段はリスクが高い。代わりにSNS、Googleマップ、紹介。どれも「一朝一夕では効果が出ない」チャネルだ。
グループ経営の店は、既存店舗の顧客を新店に流せる。系列店のキャストが「新しい店できたんですよ」と案内できる。この導線が、個人にはない。
ゼロから集客を立ち上げるのに、どれだけの時間と金がかかるか。その間、家賃と人件費は毎月出ていく。
グループ経営が強くなる構造
三重苦を整理すると、全てが「スケールメリット」の問題だと分かる。
物件情報は、多くの店を持っている法人に先に入る。キャストの採用は、知名度のあるグループが有利。集客は、既存顧客と既存チャネルを持っている方が圧倒的に楽。仕入れ、会計、法務。全てにスケールが効く。
キャバクラの「フランチャイズ」はなぜ広まらないのかで書いたように、この業界にフランチャイズは馴染まない。でもグループ経営は確実に増えている。個人店が淘汰され、法人グループに集約されていく。これは飲食業界が20年かけて歩んだ道と同じだ。
それでも「裏道」はある
ここまで書くと「もう個人で店を出すのは無理なのか」と思うかもしれない。
無理ではない。ただし、昔と同じやり方では無理だ。
裏道1:小さく始める
10席、15席の小箱からスタートする。家賃を抑え、キャストは3〜4人。固定費を極限まで下げれば、損益分岐点が低くなる。少ない客数でも回る。
大箱でNo.1を目指す必要はない。小箱で利益が出る店を1つ作り、それを実績にして次に進む。最初から「30席の店を出して繁盛させる」は、今の環境ではギャンブルに近い。
裏道2:「前職の客」を持って独立する
黒服やキャストとして働いていた時代のお客さんとの関係を、そのまま新店の初期顧客にする。これが一番確実な独立パターンだ。
黒服が成り上がるには「どの店で働くか」が全てで書いたが、独立を見据えているなら「自分のお客さん」を意識的に作っておく必要がある。店のお客さんではなく、自分のお客さん。この人に会いたくて来る、というお客さんが10人いれば、小箱なら初月から回る。
裏道3:既存店の「のれん分け」
完全なゼロからの立ち上げではなく、今いるグループや店から独立する形。暖簾分けに近い。仕入れルート、業者とのつながり、採用チャネル。既存の資産を一部使わせてもらいながら独立する。
フランチャイズほどの縛りはないが、完全な独立でもない。この中間的な形が、実は一番現実的な独立の道かもしれない。
裏道4:オペレーションで差をつける
大手が強いのはスケールメリット。逆に言えば、スケールメリットが効かない領域では個人でも戦える。
具体的には「お客さん一人ひとりへの対応の質」だ。大手は効率を優先する。マニュアル化する。均質化する。その結果、「どの店に行っても同じ」という空気が生まれる。
個人店は、オーナーが現場に立てる。一人ひとりのお客さんの好みを覚えていられる。キャストの体調にも気づける。この「目が行き届く」ことが、大手にはない強みになる。
「自分の店を持つ」の定義が変わりつつある
最後に、もっと根本的な話をしたい。
「店を持つ」= 物件を借りて、内装を作って、オープンする。この定義自体が、これから変わっていくかもしれない。
飲食業界では、ゴーストキッチン(実店舗を持たないデリバリー専門の厨房)が増えた。シェアキッチンで複数の事業者が同じ厨房を使う形態も出てきた。「自分の店」のハードルが下がった。
キャバクラで同じことが起きるとは限らない。でも「箱を持たずに夜の接客業をやる」形態が出てくる可能性はゼロではない。出張型、イベント型、会員制の小規模サロン。物件リスクを取らずに始められる形が、少しずつ生まれている。
「自分の店を持つ」が夢なら、その「店」の形を柔軟に考えてみるのもいいかもしれない。30席のキャバクラだけが「自分の店」ではない。
個人で店を持つことは、不可能になったわけではない。昔より難しくなっただけだ。
三重苦は現実だ。でも現実を知った上で、自分に合った「裏道」を選べば、まだ道はある。大事なのは、昔のイメージにとらわれて大勝負に出ないこと。小さく始めて、実績を作って、少しずつ大きくする。
あなたが「いつか自分の店を」と思っているなら、今やるべきは開業資金を貯めることだけではない。自分のお客さんを作ること。オペレーションを学ぶこと。数字を読む力をつけること。店を持つ前に、店を持っても潰れない自分を作ることだ。
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